=> ホーム車生活者の悲惨 > レッカー車事件の顛末 

私の車がアパートの前から消えた。

4月18日。私は朝から車で外出し、昼過ぎに一旦アパートに戻ってきた。その日はまたすぐに外出するつもりだったので、車をアパートの前に止めておいた。部屋でごろんとしていたら、ついうとうとして眠ってしまった。

さて、目を覚ましてアパートから出てみると、はて、車が見当たらない。確かアパートの前に止めたと思ったが、思い違いだったかなと思っているうち、道路上にチョークで車のナンバーと警察署の電話番号が書かれているのに気づいた。レッカー車で移動させられた跡らしい。まだチョークの跡が新しいところをみると移動後間もないようだ。かわいそうにと思いながら見ると、そこに書かれていたのは私の車のナンバーだった。

すぐさま多摩中央署に電話したところ、駐車違反なのでレッカー車で移動したとのことである。警察署まで来れば、レッカー車代1万2千円+保管料とひきかえに車を引き渡すとのことであった。保管は民間の駐車場を使用しているので、早く取りにこないとその分よけいに金がかかると言った。駐車違反の時間を聞くと38分間だった。

No reason to cry...

ともかく車を引き取りに行ったが、何とも腹だたしく情けない気持であった。他にいくらでもあくどい違法駐車がのさばっているのに、本当にほとんど車を止めたことのない善良な市民である私が、それもほんの30数分でレッカー移動されてしまうとはどういうことであろうか。しかも自宅の前から。お役所仕事にもほどがある、大体誰の納めた金で給料をもらっているんだなどと、やや勝手な憤りを感じていた。客観的にはこちらが悪いわけだし、理性的に考えると勝手な憤りであると分かるだけに、腹だたしさもひとしおであった。

窓口に行くと、きっと私が文句を言いたそうな顔をしていたのだろう、担当者は礼儀正しく必要な手順を説明した。きっと上司から、『レッカー移動されたやつらは気がたっているから、神経をさかなでしないように穏便に処理すること』などと指示されているに違いないと思うにつけ、情けない気持であった。私も冷静になるように努め、レッカー移動料1万2千円と保管料960円を支払い、示された書類に必要事項を記入していった。ただし、車の受け取り書への押印は拒否した。なぜなら私はまだ車を受け取っていない。後日郵送したいというと、「受け取り書の持ち出しはできないので、後でもう一度きてください」と言った。また、「受け取っておきながら受け取ってないと言われても困るので、すぐに来てください」と念を押した。この一言は余計だった。

青切符と反則金1万5千円の納付書を受け取って、歩いて10分ほどの保管場所に行くと私の車のワイパーに『許可なく移動すると窃盗犯になります』と書かれた紙がはさんであった。私の情けなさは頂点に達し、警察に対する激しい憤りを感じた。確かに彼らは役人として正しいことをしているのだろうし、慎重に文句がつけられないようなやり方を取っているのであろう。駐車38分というのも、よくわからないが何らかの根拠があるのだろう。しかし、私は彼ら役人の指示に従うのは心底いやだと思った。そこで、反則金の納付も出頭もせずにどうなるか、行くところまで行ってみようと決心した。処理はいずれ司法の手に委ねられるだろう。裁判になれば私は有罪になるかも知れないが、法の裁きは受けようではないか。ソクラテスもそうであったように。

意外な展開

さて、反則金の納付期限も過ぎ、いつ裁判所から呼び出しがくるかと思いながら生活していると、久しぶりに大家さんがアパートのメインテナンスにきていた。レッカー車にやられた話をしたところ、「30分で持ってくのはそりゃひどい、おちおち止めてられないねえ」と言っていたが、「あれ?」と続けて言った。「ここ駐車禁止だっけ」

大家さんの一言で、最も重要な点を未だ確認していないことに気づいた。そう、私は本当に駐車違反をしたのだろうか?私はアパートの前の道を詳細に調べて見た。

駐車禁止の標識は(2)と(3)にあった。(3)の標識には特別な補助表示はなく、そこが駐車禁止区域内であることを表している。その前後は、駐車禁止区間の終りの標識がないかぎりは駐車禁止ということになるから、アパートが面している側はすべて駐車禁止区域である。一方、アパートの反対側は、(2)の位置に駐車禁止区域の始まりを表す右向き矢印(→)つきの標識があるだけで、(1)の場所には何の標識もない。駐車禁止は図上で(2)よりも右側だけということになるから、(1)から(2)に至るまでの区間(私はここに駐車した)は駐車禁止区域ではないのである。道の片側だけの駐車禁止を不思議に思われるかも知れないが、そもそも駐車禁止の交通標識は立っている側についてだけ効力があるのだ。

要するに、私は無実の罪に問われているのであった。

早速警察署に電話してみた。電話に出た女性に「私が止めていた場所は駐車禁止の場所ではないようです」と告げたところ、「調べて電話します」と答えた。夕方電話があって、「やはり駐車禁止です」と言ってきた。話を聞いてみると、(2)の場所の標識は『ここより駐車禁止』ではなくて、『駐車禁止区域内』を表しているというのである。どうも(2)と(3)を取り違えているようだ。私は、「それは事実と違うので確認してください」と言っておいた。担当者は「明日確認します」と答えたが、翌日は何の連絡もなかった。

X氏あらわる

6月3日、週明けの月曜日に、警察からこんどは男の声で電話があった。問題の駐車場所は、確かに駐車禁止区域ではなかったが、『無余地駐車』により、駐車違反を行った事に変わりはないと言った。無余地駐車については次のような説明をした。

「路側帯のある道路に駐車する時は、車を路側帯に入れてはならず、かつ反対側の路側帯までの間の車道部分に3.5メートル以上の余地を残さなければならないと定められている。あなたが駐車した道路の車道の幅は3.65メートル、一方あなたの車の車幅は1.695メートルであり、余地は2メートル足らずにならざるを得ない。よって駐車違反であることは間違いない。今後の処置について一度お話ししなければならないが、こちらから伺うか、署まで来て欲しい」

私は、明日の夕方来てくださいと答えた。最後に電話の主は自分は交通課のXであると言った。

次の日、X氏が訪ねて来て、概ね次のようなことを言った。
(私の質問に対する答えも含む)

  1. 4月18日の青切符で、違反理由を「駐車禁止場所での駐車」(道路交通法45条1項)としたのは間違いだったので、是正(反則を取り消すこと)する。その結果、反則金を納める必要はなくなり、減点となった2点は抹消される。その手続きを行うために青切符を返していただきたい。また、無駄な事務を避けるため、反則金の払い込みは行わないで欲しい。
  2. しかしながら「無余地駐車」(道路交通法45条2項)に該当し、駐車違反であることに変わりはない。本来であれば、新たな名目で反則切符をきり直さなければならないところであるが、今回はそちらの指摘によって間違いに気づいたので、これは行わない。
  3. 駐車違反である事は変わりがないので、反省を求める意味で、「4月18日に駐車違反をしたが今後は行わない」という旨の誓約書を書いて欲しい。なおこれは法令に基づくものではなく、行政処分である。
  4. 同じく、駐車違反であることは変わらないので、レッカー移動と保管に要した費用1万2千960円は返還しない。

私は、次のように答えた。

  1. 誓約書は拒否する。
    我々は刑罰によって反省を促されているので、それに加えて誓約書による反省を強要される必要はない。当日の事実関係については、必要があればいつでも事実をありのままにお話しする。
  2. レッカー移動および保管に要した費用を返還して欲しい。
    駐車違反の有無とは無関係に、レッカー車による移動は妥当性を欠いている。駐車を行なった道路は見通しのよい直線道路であって、道幅もあり(5.8メートル)、かつ車通りはほとんどない。このような道路において、高額な費用と手間をかけて、緊急(38分以内)に車を強制移動しなければならない合理的な理由が見当たらない。
  3. 話がとても分かりにくいので、レッカー移動の費用を含めたすべての問題の筋道が立ってから事務手続きに取り掛かりたい。青切符はちょっと見当たらない、探しておく。

X氏は改めて連絡すると言って帰っていったが、一時間ほどして電話があり、「レッカー移動に要した費用の返還も検討するが、それにはやや時間がかかる」と言った。また「返還は決定ではない」と念を押した。その後で、「青切符は見付かったか、早く探して見付かったら連絡して欲しい」と妙に青切符のことを気にしていた。私は問題の青切符を手にして、これがどうしてそんなに重要なのだろうかといぶかしく思った。

X氏の不審な言動

X氏の話の中でいくつか妙だと思った事があった。
まず第一に、駐車違反であることを誓約書まで書かせて認めさせようとしながら、反則切符を切り直そうとしない点である。
第二に、レッカー代の返還要求が意外なほど簡単に通りそうなこと。X氏はわずか一時間で態度を変えた。確かに要求はまっとうなものだが、一般に役人は一度下した方針をなかなか変えようとしないものだ。

とりあえず私は、一つ目の疑問を解く為に次のような仮説をたててみた。

彼らは、反則切符をきり直す事ができない。
私はその仮説を立証するため、多摩市立図書館に行って道路交通法について調べてみた。分からないところは都の公安委員会に電話して確かめた。その結果、X氏の無余地駐車の説明はでたらめであることが分かった。

X氏は「路側帯に入って駐車してはならない」と言ったが、実際には路側帯のある道路に駐車するときは、路側帯に入って止めなければならないのである(道路交通法 47条3項、および公安委員会の見解)。

道路交通法 第四七条 (3)

車両は、車道の左側端に接して路側帯(当該路側帯における停車及び駐車を禁止することを表示する道路標示によって区画されたもの及び政令で定めるものを除く。)が設けられている場所において、停車し、又は駐車するときは、前二項の規定に関わらず、政令で定めるところにより、当該路側帯に入り、かつ、他の交通の妨害とならないようにしなければならない。

但し、車の左側に歩行者通行のために0.75メートルの余地をあけておかなければならない(道路交通法施行令 14条の5の2項)。
道路交通法施行令 第一四条の五 (2)

車両は、路側帯に入って停車し、又は駐車するときは、次の各号に揚げる区分に従い、それぞれ当該各号に定める方法によらなければならない。

一.
歩行者の通行の用に供する路側帯に入って停車し、又は駐車する場合、当該路側帯を区画している道路標示と平行になり、かつ、当該車両の左側に歩行者の通行の用に供するため0.75メートルの余地をとること。この場合において、当該路側帯に当該車両の全部が入った場合においてもその左側に0.75メートルをこえる余地をとることができるときは、当該道路標示に沿うこと。
(以下略)
車の右側の余地についても、X氏は「路側帯を含めずに3.5メートル必要」と言っていたが、実際は路側帯を含めた道路の右端までの間に3.5メートルあればいいのである(道路交通法 四五条2項、および公安委員会の見解)。
道路交通法 第四五条 (2)

車両は、第四十七条第二項又は第三項の規定により駐車する場合に当該車両の右側の道路上に三.五メートル(道路標識等により距離が指定されているときは、その距離)以上の余地がないこととなる場所においては、駐車してはならない。ただし、貨物の積卸しを行なう場合で運転者がその車両を離れないとき、若しくは運転者がその車両を離れたが直ちに運転に従事することができる状態にあるとき、又は傷病者の救護のためやむを得ないときは、この限りではない。

私の場合、無余地駐車には違いないが、X氏が言っていたような1.5メートルもの大幅な違反ではなく、14.5センチの違反に過ぎないのであった。

しかもX氏は、「車幅と道幅から無余地駐車になるはず」というばかりで、違反時の計測データは示さなかった。駐車禁止区域の取り締まりだったから、計測までは行っていないのであろう。とすると、目測では識別困難な14.5センチの無余地駐車について、計測の事実もないままに、一ヵ月以上遡って反則切符を切り直すことが出来るだろうか。仮に出来たとしても、それは始めに反則切符ありきという、こじつけの取り締まりであることがあまりにも明らかではなかろうか。

「彼らは反則切符を切り直すことはできない」私はそう結論付けた。

動いていた時限爆弾

X氏がわずか一時間で態度を変えた理由は分からないまま、一週間が経過した。X氏からは何も連絡はなかった。

6月12日。私はレッカー代を支払った時に領収書を受け取ったことを思い出した。もし返還が決定したら、お金を受けとる時にはあれを返さなければならないはずだ。「今の内に探しておこう」と私は部屋の中をあちこち探しまわった。一旦あきらめた後で、かばんのポケットの中からひょっこり出て来た。見ると、領収書の一番下のところに次のように書かれている。

注:この処分に不服があるときは、この処分があったことを知った日の翌日から起算して60日以内に東京都知事に対して不服申立をすることができます。
受け取った時にはこんな記述があることには気づかなかった。多分むしゃくしゃしていて、見もしないでかばんの中に突っ込んでいたのだろう。しかし、これは重要な記述である。60日がどういう根拠に基づいているのか分からないが、文面を見る限りでは、この期限を過ぎると不服申し立ては出来ないと言う風に読める。私が処分を知ったのは4月18日だから、その翌日は4月19日。その日から数えて60日以内の最後の日は6月17日だ。私はその期限が5日後に迫っていることに気づいた。あぶないところだった。この日までにX氏からレッカー代返還の回答をもらわなければ面倒なことになる。

この時ふと、X氏がレッカー代の返還に関して、ほんの一時間で態度を変えた事を思い出した。あの時彼は、返還には時間がかかると言い、さらにこれは決定ではないと念を押したのだった。一つの疑いが頭をよぎった。

X氏は、返還の可能性を匂わせながら期限が切れるまでやり過ごし、不服申し立てが出来なくなったところで返還拒否を持ちだすつもりではなかろうか。
まさか...と一度はこの疑いを否定した。しかし、今まで警察がやってきたことを考えてみると、無余地駐車に関してでたらめな説明を行なったり、そのでたらめな説明に基づいて誓約書を書かせようとしたりと、徹底して私の無知をついて、自分達に有利な方向に話を運ぼうとしている。わざと回答を遅らせて期限をやり過ごす位のことはやりかねない。第一、検討すると言ってから一週間も連絡がないのはおかしいではないか。少なくとも彼らは、不服申し立て期限をやり過ごすことで、決定的に有利な立場で交渉ができるのである。

私はどうすべきか考え、とにかく不服申し立て期限の最終日まで待とうと思った。それまでに回答がなければ、単に都知事に対して不服申し立てを行えばよいのだ。X氏には何も連絡する必要はない。彼が不服申し立ての期限を知らないはずはないのだから。その前に不服申し立てについて勉強しておかなければと思い、再び多摩市立図書館に行った。

審査請求書の提出

6月17日。私は東京都庁青島都知事宛に、不当な処分に関する審査請求書を書留で送付した。今日が審査請求提出期限の最終日であるが、郵送の場合は郵送にかかった時間は勘定に入れず、たとえ都庁に届くのが明日以降であったとしても今日が請求書の提出日と認定されるのである。内容は、4月18日の車両のレッカー移動及び保管の不当性を訴え、徴収された費用1万2千960円の返還を求めるというものである。その理由として、事実誤認による取り締まりであるということと、違反の有無とは無関係に、レッカー移動そのものに妥当性がなく、道路交通法違反の疑いがあることの二つを併記し、警察に対して厳重な注意をするよう訴えた。

審査請求書の絶大な威力

6月25日。審査請求書を都に送付してから一週間経った日の朝、X氏から電話があった。彼は、電話に出たのが私である事を確認した後、いきなり「審査請求を出しました?」と聞いて来た。私は「はい、出しました」と答えた。彼は私がいつ審査請求書を出したのかをしきりに知りたがった。どうやらX氏は、請求書そのものはまだ見ていないようだ。なぜなら審査請求書には審査請求を行なった正確な年月日が書かれているので、見ているのならば聞くまでもないからだ。不服申し立て期限が過ぎて安心していたところへ、突然都からの問い合わせがあって驚いたというところなのだろう。

X氏は、「レッカー代の返還を電話で回答したのに、なぜ審査請求を出したのか」と言った。これは事実と違う。彼は、レッカー代の返還を検討するが、決定ではないと念を押したのである。あれから三週間近く経つが、依然として私はX氏からの回答を得ていない。私がそれを指摘すると、「レッカー代の返還は決定していたが、一度都の金庫に入ったお金を引き出すのに時間がかかるということをそのように言ったのだ」と答えた。続けてX氏は、「ともかく説明不足から(ちがうってば)このような行き違いが発生したが、レッカー代は返還するので、審査請求は取り下げてくれ」と言った。私は、「違反の取り消しとレッカー代の返還が文書で保証されるならば、審査請求を取り下げる」と答えた。X氏はそれを受け入れた。

その日の夕方、留守番電話にX氏からのメッセージが入っていた。レッカー代を二日後に返還するとのことであった。今までのいきさつからは考えられない迅速な対応である。レッカー代返還の件は、「検討するが決定ではない」と言ったまま三週間も音沙汰がなかったのに、審査請求が出されたと知るやいなや、いきなり「決定であった」になり、「時間がかかる」はずの払い戻しが、あっさり2日後に実現することになったのである。しかも私は、返還を文書で保証してくれと言っただけで、現金をすぐに返して欲しいとまでは言わなかったのだ。審査請求カードの効果は、私が想像した以上の絶大なものであった。まるで時代劇ドラマ『暴れん坊将軍』で徳川吉宗将軍が「余の顔見忘れたか」と言った時のような、あるいは『水戸黄門』で、水戸光圀公が印籠を高々と掲げたときのような、それほどの効果を目の当たりにしたのである。

私の見たところ、わが国の役人は密室の中でかなりいいかげんなことをしている。外部の人間に対しても、「こいつは何も知らないな」と見るや、行政権限の名のもとに尊大な態度でやりたい放題のことをしている。彼らが外部からの審査を極端に恐れるのはそのせいだ。これらの不正な実態が白日のもとにさらされることになるからだ。

6月27日。X氏の訪問を受け、レッカー代および保管費用の1万2千960円を受け取る。これはどうやらX氏自身の立て替えらしく、領収書を書かされたが、日付は書かないでくれと言われた。日付のない領収書に一抹の不安を覚えたが、都からの支払いより先に私の領収書があってはまずいという理屈は分かるので、これに応じた。このような小細工は日常茶飯事なのだろう。役人のことをよく杓子定規というが、自分達自身のためであれば驚く程柔軟である。

私はあらかじめプリンタに出力しておいた誓約書を渡し、署名を求めた。その誓約書には、今までのいきさつを認める内容が書かれている。具体的には、駐車場所違反での取締りが事実誤認であって、違反に関するすべての記録は以前の状態に戻されたこと、さらにレッカー移動は違反の有無とは無関係に妥当性を欠いていたので、徴収した経費を返還することになったことなどである。X氏は、これを何のために使うのかを知りたがったが、私が「自分を守るために使う(注1)」と答えると署名捺印した。X氏は、「色々と申し訳ないことをした」とはじめて詫びた。

(注1)
後でこちらに不利な状況に陥った場合に、審査請求書にかわって自分を守ってくれるものが必要だったのである。尤も、行政処分で誓約書を書かされそうになったことに対する仕返しの意味もある。
私は早速、審査請求の取り下げ書の作成にとりかかり、その日の内に郵便局から書留で都庁に郵送した。戦いは終った。郵便局を出てふと見上げた空は、いつもより広々としているように思えた。[96/7/3]


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